衆議院議員池田まきとは何者か ①

池田まきの謎

来道7年目に国会議員

令和8年12月の衆議院選挙、北海道5区からは池田まき氏が3期目の当選を狙う。「誰ひとり置いてきぼりにしない」政治を目指すという池田氏だが、この人はどこから来た人なのだろうか? 果たして何者なのだろうか? 

池田氏の公式サイトのプロフィールによれば

  • 昭和47(1972)年5月24日:東京生まれ。シングルマザーとして2人の子どもを育てた
  • 平成9(1997)年(24歳)から:14年間東京都板橋区福祉事務所に勤務
  • 平成23(2011)年(38歳):北海道へ移住。フリーソーシャルワーカーとして災害福祉、権利擁護などで活動
  • 平成27(2015)年(42歳):北海道大学公共政策学教育部大学院修了(公共政策学修士・専門職)
  • 平成29(2017)年(45歳):第48回総選挙に出馬し、立憲民主党比例北海道ブロックで初当選
  • 令和6(2022)年(52歳):衆院選で 125.444票を得て選挙区で当選(2期目)
衆議院議員候補 池田まき - 本気です!生活者のための政治
池田まきは、「いのち・くらし・平和」を守るため、北海道5区から人間の安全保障と生活者ファーストの政治を実現・実行します。

(括弧内の年齢は筆者が加筆)

以上のように池田氏は38歳で北海道に渡り、その7年後に衆議院議員になっている。42歳まで大学院生であれば「先生」と呼ばれるのは、卒業後わずか3年である。いったいどのような経緯で政治家となったのだろう。

市議会議員候補からの抜擢

自伝のような著作が見当たらないため、新聞を調べた。公式プロフィールにはないが、池田氏の政治との関わりは平成26(2014)年からだった。

「池田氏が出馬表明/市議選・東区」

池田氏の名前を確認できる最初の北海道新聞記事である①。これによれば池田氏は、平成27(2015)年に行われる統一地方選挙で、民主党北海道の札幌市議会東区の公認候補として内定したという。池田氏は来道3年目、41歳である。

翌年に北海道大学公共政策学教育部大学院を修了している。マスターの1年目、これからの勉強が大切な入学4カ月後に早くも市議会議員候補だ。

しかし、池田氏の統一地方選挙は見送られる。この年の11月21日、第2次安倍政権を率いる安倍晋三首相が「アベノミックス」の是非を問うとして衆議院を解散したからだ。

当初、民主党本部は衆院北海道2区(札幌市東区)に維新の党の松木謙公氏を統一候補として公認した。元厚生労働相で民主党の三井辨雄氏が不出馬を表明し、松木謙公元衆院議員を後継指名した。そして維新の党が松木氏を公認する。この時、民主党は維新の党と選挙協力を進めており、松木氏は同党の推薦を受けた。

しかし民主党本部はこれに反発して、池田氏を擁立することとなったのである。民主党を支援する官公労に厳しい批判を浴びせてきた維新の党への反発であったという。松木氏も、民主党衆院議員だった平成23(2011)年、菅直人政権への内閣不信任決議案に賛成して党を除籍されている。②③

結果としてこの時は、吉川貴盛氏が8万8667票を獲得してトップ当選。池田氏は松木氏に続いて3位で終わった。

それにしても解せないのは、維新の党や松木氏に不満があるとしても、なぜ来道3年目で、まだ札幌市議の選挙にも出ていない内定者を、民主党北海道は選んだのか、である。検索したがついに明確な理由は見出せなかった。

①池田氏が出馬表明*市議選・東区(2014/08/15北海道新聞朝刊)
②<12・14衆院選>2区 候補乱立も*民主北海道が独自候補*野党共闘にひび(2014/11/23 (日) 北海道新聞朝刊)
③道2区独自候補 本部とねじれ*民維共闘に暗雲も(2014/11/23 北海道新聞朝刊)

町村信孝議長の死去を受けて

次の転機は、平成27(2015)年6月1日に死去された町村信孝衆院議長の補欠選挙である。「1票の格差」をめぐる25日の最高裁判決を待ち、補選の日程が発表されたのは11月25日。翌年4月24日の開票と決まった。

すると12月4日に池田真紀氏が「候補に浮上」と北海道新聞は見出しを打ち、7日は「池田氏 野党統一候補に/衆院道5区補選/前札幌市長ら要請へ」というニュースが出た。①②

池田氏の出馬表明は12月19日。安倍晋三政権を「平和と民主主義を一気に破壊する暴走に強い憤りを感じている」と批判。「安全保障関連法を廃止し、立憲主義、民主主義を取り戻す」と決意を述べた。③

この後、池田氏は町村氏の後継となった和田義明氏と長い選挙戦を戦う。和田氏は135,842票。池田氏は123,517票の接戦で敗れた。

しかし、12月の出馬表明から4月の投票まで、選挙戦のニュースを通して池田氏は圧倒的な知名度を獲得する。このことが平成29(2017)年の第48回衆院選挙での比例当選につながるのである。

①民主・池田氏 候補に浮上*衆院道5区補選*他党と連携調整へ(2015/12/04 北海道新聞朝刊)
②池田氏 野党統一候補に*衆院道5区補選*前札幌市長ら要請へ(2015/12/08 北海道新聞朝刊)
民主主義取り戻す」*池田氏、出馬表明で決意(2015/12/20 北海道新聞朝刊

異例のスピード出世

つまり、池田氏は

  • 平成23(2011)年(39歳):北海道移住
  • 平成26(2014)年8月(42歳):札幌市東区市議候補に内定
  • 平成26(2014)年11月(42歳):衆院選出馬表明(無所属)
  • 平成27(2015)年12月(43歳):衆院補欠選に出馬表明(野党統一候補)

札幌移住からわずか3年で市議候補。そして同じ年に無所属ながら民主党道本部に擁立されて衆院候補になった。さらに4年目には衆院選で野党統一候補。そして6年目には実際に衆議院議員である。異例のスピード出世といってよい。

「普通のシングルマザー」という池田氏に、どうしてこんなことが可能なのだろうか? 東京板橋生まれの池田氏は北海道とどのような関わりがあるのだろうか?

(つづく)

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