見捨てられた鉄路 (下)

北海道百年記念塔はなぜ解体されたのか?

署名簿の受け取り拒否

ふるさと銀河線の存続策を協議する道と沿線自治体による協議会は平成15(2003)年6月21日に第2回会議が行われる。これを北海道新聞は「銀河線廃止へ*道が主導で道筋*沿線首長の反対押し切る」との見出しを付けて報じた。同紙によると「同日の会議で道は、バス転換も視野に入れた協議入りを認めるよう強く求めた」という。①

このことに危機感を高めた沿線では、銀河線の存続を求める署名運動が立ち上がった。沿線7市町では10月までに3万2450人の署名が集まった。沿線7市町の首長は、これを高橋知事に手渡そうと10月6日に道庁を訪れる予定だったが、道は4日になって署名簿を受け取れないと通知してきた。②

北海道新聞は「道は『署名簿は知事あてではなく各首長に提出されており、銀河線の今後も道だけで判断するものではないためだ』と言っているが、沿線七市町からは『沿線住民も道民であり、その署名簿の受け取りを拒否するのは、あまりにかたくなではないか』と反発する声が出ている」と報じた。②

署名簿は、知事との7人の首長との面談の場のテーブルに置かれ、首長らはそのまま引き揚げた。北海道が破棄していなければ受領したことになるのだろう。③

①2003/06/22 北海道新聞朝刊
②2003/10/04  北海道新聞朝刊
②2003/10/06  北海道新聞朝刊

アリバイ工作

この銀河線問題に対して高橋知事が定例記者会見で初めて言及したのは、平成15(2003)年12月9日、道と沿線自治体との関係者協議会が設置された9カ月後。北海道新聞の「現地では道の姿勢は廃止ありきではないかと、あるいは採算性ありきではないかとそういう批判があると思うんですが、それについてどうお考えか」という質問だった。

高橋知事は、こう答えた。

この赤字が今鉄道の場合4億数千万円あるんですかね、この赤字補填ということだけのために、私ども道費をフローベースで将来に渡って出させていただくというのは無理であります。ここをご理解を賜りたいということを前提にいろんな代案について、いま地元で議論をいただいて、おってご提案がいただけるのかなと考えているところです。①

オホーツク圏と十勝圏を結び1市6町が関わる延長140キロの鉄道。立ち上げは当時の北海道知事の後押しによるものだったが、高橋知事は「地域の問題」として突き放したのである。

平成16(2004)年に入り、政府に提出したという「ふるさと銀河線存続運動連絡会議」の提言が、道と沿線自治体との協議会の議題に上った。しかし、道は「現実性が乏しい」「時間が無い」を繰り返し、具体的な検討を拒み続けた。

6月3日に開かれた第6回協議会では、道は鉄道廃止・バス転換に向け、早期に決断することを首長に迫ったが、内陸部の首長が強固に反対した。しかし、平成17年度いっぱいで結論を出すことで合意に合意させられた。②

そして道は「最大限の努力」として10月までに銀河線の経営分析を道の責任で行うことを約束した。翌日の北海道新聞の見出しは「銀河線06年廃止*住民に不満と無力感*経営分析*アリバイ工作だ」だった。道が実施する経営分析が、努力したように見せる工作に過ぎなかったことが、早くも見透かされていたのである。③

①北海道公式サイト >過去の知事記者会見記録https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/pastpc.html
②『北見現代史』2006他
③2004/06/07  北海道新聞朝刊

今年度いっぱい

平成16(2004)年8月6日の定例記者会見で高橋知事はこう述べている。

(知事)「例えば銀河線の高速化、あるいは銀河線を利用した札幌-知床間の特急列車の運行というご提案もあったようです。また現在JR北海道が開発しているデュアルモードビークル、これは道内外からすごく関心が高まっているそうですが、これを導入したらどうか等々、ご提案があるようです。特急列車を運行するかどうかというのは、やってみてだめでしたということにはなりません。相当設備投資も必要ですので、それに向けての需要予測もしっかり調査した上での議論ということになります。

いずれにしましても、こうしたご提案を受けて、沿線自治体と協議をし、また会社と協議をし、できることはやっていくという努力を最大限していきます。その上で、次のことに向けて、やむを得ぬ状況になれば、検討をしていくということかなと考えております。①

6月の協議会で合意された「タイムリミット」を念頭に記者はこう知事に食い下がった。

(朝日新聞)「知事の発言では、いろんなことを最大限努力してやっていくということですが、タイムリミットが延びても構わないということですか」
 (知事)「それは私どもとしては今年度いっぱいと考えております」
(朝日新聞)「今年度いっぱいが前提ということですか。そうするといろいろと協議会で出た提案を検討するには時間が短いと思いますが」
(知事)「そこは今年度いっぱいでということで、私ども意思の疎通を図った上でやっておりますので、その前提の中で、何ができるのかという議論ではないかと思っております」①

高橋知事は、どんなに魅力的な提案があっても、道が平成16年度末に設定したタイムリミットは動かさない。すなわち残りわずか半年の間に状況を変えるものでなければ、受け付けないと言う。

道が「最大限の努力」とした3つの外部コンサルタントに委託した経営分析が11月8日の協議会で報告された。三者は異口同音に「存続は困難」「バス転換やむ無し」を結論とした。②

①北海道公式サイト >過去の知事記者会見記録https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/pastpc.html
②『北見現代史』2006

事業再生提案

年が明けて平成17年、道が設定したタイムリミットまで1か月強となった2月23日の定例記者会見で、「もうちょっと議論をする時間をくれないかという、この間も知事の所に来ていた町長さんがいらしていましたが、知事はそのことについてどう考えるか」という北海道新聞からの質問に、高橋知事はこう答えた。

(知事)先般、一昨日来られた両町長の思いというのは痛いほど分かりました。両町長に申し上げましたのは、期限を延ばすというお考えを持っておられるのであれば、沿線自治体の関係者協議会の中で、この3月までに決められるということが決められたのだから、もう一度、その関係の自治体の方々と、そのこと自身をご議論されたらどうでしょうか。期限の延長、それからどういう中身で、お二人のご提案は存続に向けて民間の活力を最大限引き出して、というお話でしたので、その民間の活用の仕方についても、関係者協議会の沿線自治体の皆さま方の中で、ご議論されたらどうかと申し上げたところです。①

この応答のあった3日後、2月26日の協議会で、知事が求めた「民間の活用の仕方」について、陸別町の金沢紘一町長が東京で事業再生などを手がけるコンサルタントからの提案を披露した。

提案したコンサルタント会社の中博社長は「環境重視の時代に二酸化炭素排出量の少ない銀河線には生き残る発想で経営すれば黒字化できる」と述べ、会社を鉄道保有と経営の二社に分割し、経営会社は沿線の物産品を首都圏で販売する案を示した。②

金沢町長は「(再建案は)実際に民間で経営している人からの提案であり、可能性を求めて具体的な内容を検証する期間が必要だ」と主張。本別町の高橋正夫町長も、「(再建案が存続に向けての)一つの道筋になるとしたら、その検討は十分にされなければいけない」と同意した。

しかし、協議の様子を見つめる100人近い傍聴者の前で、座長格の北見市長はじめ他の首長たちは押し黙り、結論は次回3月27日に先延ばしになった。③

①北海道公式サイト >過去の知事記者会見記録https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/pastpc.html
②『北見現代史』2006
③2005/03/22 北海道新聞朝刊地方

これしか方法がなかったのか!?

そして、3月27日の協議会で廃線が確定する。この日の13時30分、根室市の道立北方四島交流センターで高橋知事は臨時記者会見を開き、こう述べた。(一部省略)

(知事)この銀河線につきましては、道東の開発の歴史、長い歴史、百年以上の池北線以来の歴史ということ、それから地域住民の皆様の熱い熱い思いなどいろいろなことを含めて、私なりに熟考を重ねてまいったところであります。しかしながら、ふるさと銀河線を取り巻く経営環境の厳しさについては、なかなか改善の見通しが立たなかった。

民間の方々からのご提案、これはいただいた後も、何回も検討し、議論いたしましたが、なかなかこの提案につきましても、4月から直ちに黒字の方向となるようなものでもないだろうということもございまして、今朝ですね、協議会が始まる前の段階で、現地の副知事から電話をもらって、沿線各自治体の首長の状況などを改めて確認させていただいた上で、私から「道として、銀河線をやはりなかなか廃止以外の選択肢はないのではないか」ということについて、そういった方針で協議会に臨むように指示をいたしたところでございます。①

北海道新聞は翌日の朝刊「視角触角」という特集記事で内情を次のように明かしている。

「非難されても、次は決める」。二十一日の前回協議会が結論先送りとなった後、道幹部は決意を口にした。協議会で結論が出なくても取締役会の多数決で廃止を決める-とのシナリオは、頭の中に出来上がっていた。二十一日にそうしなかったのは、道議会で予定されていた銀河線問題の質疑で混乱を避けたいという理由にすぎなかった。

二十七日は実際、その通りに進んだ。高橋はるみ知事は朝、根室から携帯電話で山本邦彦副知事に「廃止以外にない」と指示。協議会は激論が二時間以上続いたが、正午すぎに議長役の道の吉田洋一企画振興部長が「これで終わります」と唐突に宣言。会場はすぐ取締役会に衣替えされ、傍聴者は外に出された。

「道はなんて冷たいんだ」。取締役会終了後、詰め掛けた沿線住民の悲鳴のような声を浴びながら、山本副知事らは車に乗りこんで北見を後にした。ある幹部は自分に言い聞かせるように「これしか方法がなかった」。②

地元がどのような自主自立のプランを提起しても、地元に寄り添っているかのような言葉とは裏腹に、知事は最初からいかなる提案も受け付けるつもりは無かったのである。

①北海道公式サイト >過去の知事記者会見記録https://www.pref.hokkaido.lg.jp/ss/tkk/hodo/pressconference/pastpc.html
②2005/03/28 (月) 北海道新聞朝刊全道

人口崩壊

このようにして銀河線は平成18(2006)年4月21日に廃線となり、翌日から代替バスが運行された。バスは陸別町で十勝バスと北見バスが折り返すもので、レールが結んでいた十勝とオホーツクの一体感は断ち切られた。そして令和8年の現在、そのバスも深刻な経営危機が取りざたされている。

DMVを核とした民間提案の銀河線再生プランは時間の壁を理由に廃棄された。結果的に北海道は、DMVの可能性、DMVを核とした地域再生の可能性をも潰してしまった。

銀河線の廃線が決まった平成17(2005)年から令和7(2025)年まで、沿線1市6町の人口は16万7091人から13万6104人と3万人以上が消滅した。減少率18.5%は、同期間の日本全国が3〜4%、北海道全体でも11〜12%である。なかでも置戸町と本別町は30%を超える減少を見せた。①

高橋はるみ知事は、平成15(2003)年の知事選に臨む抱負を『財界さっぽろ』誌にこう答えた。

「これまで私は自主自立のお手伝いを国の立場からしてきましたが、これからは本格的にやっていきたい。道民の方々の意識改革も重要だと思います。自らチャレンジし、自ら努力する、そういう意識改革を道庁が訴えかけていきたい」

道が、ふるさと銀河線の廃線を決めたちょうど2年前の発言である。

①国勢調査データ
②『財界さっぽろ』2003年4月号・財界さっぽろ

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