北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第3回―その2

北海道セトラーコロニアリズム

前提と結論の入れ替え

次に土地の私有権の議論に入る。平野は西の『性法略』(1870)から次の一文を引用する。『性法略』は『万国公法』と同様のフィッセリングの講義録の翻訳で、『西周全集』第二巻の解説によれば1871年春刊行である。

私有ノ地ニ非サレハ、之ヲ耕シテ其産物ヲ収ムルコトヲ得ス。 (平野『思想』17頁)

この文章を、ロックやヴァッテルの占有権の考え方、「所有権の基礎を労働-耕作におき、非農耕地はそれを通して占有できるという立場をそのまま踏襲している」と、平野はいう。

しかし私には前者の文が、後者の立場をそのまま踏襲している文章にはとても読めない。前者の文は、私有地である → だからそれを耕して産物を得ることが正当にできる、という順序で、すでに成立している所有権が、耕作収益を正当なものにするという話だ。

これに対して、ロックの労働所有論(そしてそれを引き継いだヴァッテルの「農耕民は非農耕地を正当に占有できる」という論法)は、方向が逆を向いている。ロックの主張は、土地を耕作する(労働を加える) → その労働によって、その土地(または産物)に対する所有権が新たに発生するというものだ。持ち主のいない(あるいは十分に利用されていない)土地に労働を加えることで、初めて所有権が生まれる、という「所有権の発生原理」の話である。

まとめると、引用されている西の一文は「すでにある所有権が、耕作収益の正当性を保証する」という話であり、ロック/ヴァッテルの論は「耕作という行為が、新たな所有権を生み出す」という話なので、前提と結論の位置が入れ替わっている。

西の文を見る限り、「無主地・未墾地に労働を加えれば所有権が発生する」ということを言っているわけではない。むしろ、他人の土地(私有地)を勝手に耕して収穫物を持ち去ってはいけない、という、ごく一般的な財産保護の原則を述べているだけのように読める。

つまみ出された断片

ロックやヴァッテルの論から西に移る前に、平野はこう述べる。「所有権をめぐる普遍主義的な立場は本質的な矛盾を抱えており、フィッセリングを介して西もまたその問題を引き継いでいる」と。

重要な文章なので全文を引用する。

同論文は、所有権を現有の権(天賦の権)としながら「原有ノ権ハ他人ニ之ヲ奪フコトヲ得ス、又之ヲ与フルコトヲ得ス」と論じ、それを恣意的に奪ったり与えたりすることはできないとする一方で、狩猟・漁猟・遊牧民に対しては同等の権利を認めていない(39)(平野『思想』17頁)

これも『性法略』からの引用である。所有権は不可侵で天賦の権利であるにもかかわらず、狩猟・遊牧民には同等の権利が認められない点が、本質的な矛盾の核心であるらしい。本来天賦の権利であるはずの所有権が、狩猟・遊牧民には同等に認められない、という矛盾である。なぜ認められないかと言えば、これはロックやヴァッセルの論にもあったように耕作とか労働をしないからだとされる。

この点に関する西の考えの根拠は、『法学関係断片』に記された「所有は労力なり」「権利ナル者ハ労力の子ナリ、……権利ハ労力ノ結果ナリ」とする言葉である。

ところで、『性法略』は『万国公法』と同様のフィッセリングの講義録の翻訳で、『西周全集』第二巻の解説によれば1871年春刊行である。他方、『法学関係断片』はその名の通り未刊行の断片・草稿類であり、書かれた年は特定されていないものが多い。

問題は、性格も刊行の状況もまるで異なるこの二つの書き物から、ある文言だけをそれぞれつまみ出し、まるで西が一貫して展開している法理論であるかのように、地続きの文章として並べていることだ。

個々の文献の中でその主張がどのような文脈・議論の流れの中に置かれていたのかを示さないまま、断片だけをつなぎ合わせて、平野自身の結論――「天賦の権なのに狩猟・遊牧民に対しては同等の権利を認めていない」――を運ぶための土台に仕立てている。

地の文なのか、引用なのか

ところで、最後の部分「狩猟・漁猟・遊牧民に対しては同等の権利を認めていない」こそアイヌモシリの収奪につながる重要な論点である。しかし引用符がないので、一応文末にある注(39)を確かめてみると「同書:一二〇頁。」とあって、この注は前半の鍵括弧のなかの引用文「原有ノ権ハ他人ニ之ヲ奪フコトヲ得ス、又之ヲ与フルコトヲ得ス」についての注であるらしい。そうは言っても「狩猟・漁猟・遊牧民……」について、こんな重要な文言が引用ではないとは考えられない。

そこで『西周全集』第二巻、『性法略』第九編――原有ノ権・得有ノ権・私有ノ権の消尽・放擲・伝授を論じた全十二条およびその補足――を通読したが、狩猟民・漁猟民・遊牧民について、名指しした記述はどこにも存在していない。

つまり平野は、本物の引用がついた文の末尾に、鍵括弧なしで、その引用とは中身の異なる主張を継ぎ足し、両方まとめて注(39)を一つだけ振っている。読者は、文末に注があるのを見て、狩猟・遊牧民についての記述もこの引用の続きだろうと錯覚しやすい作りになっている。

だが実際に『性法略』第九編を通読しても、狩猟民・漁猟民・遊牧民についての記述は、一切存在しない。これは、開拓事業から、アイヌだけを和人から切り離して排除したという、これから展開される平野の主張にとって要となる内容のはずだが、西の原文には存在しないのである。

西の役割とは?

確認すると、この段落の骨格は、

①『性法略』からの引用(私有地についての一文、労働による所有権発生の話ではない)、
②平野自身の追加(西は狩猟・遊牧民に同等の権利を認めていない) 、
③『法学関係断片』からの引用(労働は所有の根拠、という一般論のメモ)、という三層でできていて、

①と③は別の本と草稿、②は典拠が示されていない、西の文章から取ったかどうかさえ不明な内容、という構造になっている。

そのうえで、この段落の最後、「非農耕民は労働‐耕作をしないという理由でヒューマニティ―から放逐され、原有の権利が否定されたのだ」(平野『思想』17頁)という結論を導く論理そのものは、ヴァッテルの理論(土地耕作は自然法上の義務であり、それを怠る者からは土地を先占してよい)から直接出てくるものであり、西の文章は、実はこの結論を導くのに組み込まれていない。

西の役割は、論証の中身を担っているのではなく、「この理論が西を通じて日本に持ち込まれた」という体裁・舞台装置を提供しているだけのように見える。

言い換えると、この段落は表向き「西の思想から無主地論を抽出する」という体裁を取りながら、実際に結論を運んでいるのはロック・ヴァッテルの理論であり、西の引用はその理論が日本に「輸入された」ことを示す飾りとして貼り付けられているだけで、西自身がその輸入された理論を、狩猟・遊牧民排除というところまで展開したことは示されていない。

狩猟・漁猟・遊牧民の欠落

さらにこれは、この回の平野批判の出発点の疑問――「西欧の無主地論が、具体的にどの経路でどう明治日本に実装されたのかが示されていないのではないか」――の回答にもなっている。

つまり西は無主地という言葉は使っておらず、アイヌの土地を無主地として収奪することを正当化するロジックを提供していたとまでは言えなかった。せいぜいそのような説を唱える学派もある、と紹介したにすぎなかった。

これまで見てきたのは「西周という媒介者を通じて輸入された」という、まさにその経路の部分を示そうとしている箇所だが、この西の文章は理論の中身を語っているというより、理論が輸入された体裁を整えるための引用の寄せ集めのようになっている。

西周個人がこの法理を西欧から導入してそれを明治政府が採用したという平野の説だが、実際は、性格も刊行状況も異なる複数の文献――『性法略』『法学関係断片』、そして後述する『経済学』――から都合よく接ぎ合わせた寄せ集めであり、しかも未刊行の草稿を含むものだった。

なかでも、アイヌモシリの収奪という平野の主張の核心をサポートするはずの、狩猟・漁猟・遊牧民には天賦の所有権が認められていない、という説は、平野が指定する西本人の著作には見つけられなかった。この欠落の意味は非常に重い。

継ぎ接ぎの主張

改めて振り返ると、平野の主張――「無主地論によってアイヌモシリからアイヌが排除された」という主張(物語?)――が成り立つためには、「狩猟民・遊牧民・漁猟民は、農耕民と同等の土地の権利を持たない」という一点が、少なくともこれら非農耕民と農耕民とを腑分けする論理にはどうしても必要になる。ところが、西周のテキストのなかにこの意味をなす形の言葉を探すと、驚くほど乏しい。

『万国公法』第十節では、「然ルニ或ル説ニテハ」という留保つきで、狩猟・遊牧の民の土地を取得してよいという主張が、あくまで一つの学説として紹介されているにすぎなかった。これは、第九節の確定的な規範とは一段格の違う、異論のある話として書かれている。

そして『性法略』第九編には、狩猟民・漁猟民・遊牧民についての記述は一切存在しない。にもかかわらず平野は、「狩猟・漁猟・遊牧民に対しては同等の権利を認めていない」という一文を、鍵括弧もつけずに地の文として書き、そこに紛らわしい注(39)を付けている。

平野の物語にとって最も重要なはずのこの一点は、西の文章のなかに意味のある形ではついに見つけられなかった。

見つからないので、片方は留保つきの「ある説」を確定した規範に格上げし、もう片方は存在しない主張を、地の文に紛れ込ませる。理論の断片をかき集め、継ぎ接ぎして、あたかも一貫した主張であるかのように見せる――この論考を通して繰り返し確認してきたパターンであるが、平野の物語の一番の急所のところで二重に使われていたことになる。

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