北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第3回―その3(最終回)

北海道開拓から除外されたアイヌ?未完を根拠として次に検討するのは、西が「蝦夷地を植民化し、和人が開拓事業を行なう正当性を述べている」とする『経済学』からの文章なので、平野の主張の核心に当たる。しかし先に触れたようにこの論考は未完であり、解説によれば、「本稿本は本全集で初めて公表する」(『西周全集』第二巻、解説、738頁)ということから、公の目に触れたのはこの書物の刊行年、1966年が最初である。平野は執筆時期を1860年代と推定しているが、解説では書き始めたのは1877年ごろとしている。1877……
北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第3回―その2

前提と結論の入れ替え次に土地の私有権の議論に入る。平野は西の『性法略』(1870)から次の一文を引用する。『性法略』は『万国公法』と同様のフィッセリングの講義録の翻訳で、『西周全集』第二巻の解説によれば1871年春刊行である。私有ノ地ニ非サレハ、之ヲ耕シテ其産物ヲ収ムルコトヲ得ス。 (平野『思想』17頁)この文章を、ロックやヴァッテルの占有権の考え方、「所有権の基礎を労働-耕作におき、非農耕地はそれを通して占有できるという立場をそのまま踏襲している」と、平野はいう。しかし私には前者の文が、後者の……
北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第3回―その1

目的は論文検証前回まで平野の英語論文、Settler-Colonialism, Ecology, and Expropriation of Ainu Mosir: A Transnational Perspective(2023)について検討してきた。セトラーコロニアリズムという理論が、もともと北米大陸やオーストラリアの入植史から練り上げられてきたこともあってか、平野はこれを北海道に適用するにあたって、ケプロンらアメリカから招聘された顧問たちが北海道開拓に与えた影響を重視し、「ケプロンにとって、……
北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第2回(下)

史料から見る、ケプロンの土地政策への影響アメリカ人顧問の献策しかしながら、『新撰北海道史』第三巻・通説二(1937年)の記述には、平野の言うようなアイヌの土地政策への影響は認められない。開拓使が広大な新開地の処分方法をめぐって苦慮し、ケプロンら招聘外国人の意見を仔細に聴取したこと、その結果、ケプロンは以下の方法を参考制度として提示したとある(p.327)。アメリカのホームステッド法の条文(160エーカーを10ドルで、5年間定住・改良を条件に取得できる、あるいは即金なら1エーカー1.25〜2.50……
北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第2回(上)

ケプロン招聘とインディアン政策インディアン政策をケプロンは北海道に輸出した?最初にAIに「平野克弥って人はどんなことを言ってるのか?」と尋ねたとき、返ってきた要約のひとつに、「アメリカでインディアン政策に辣腕を振るったケプロンが、その経験を北海道のアイヌ政策に応用した」というものがあった。平野克弥で検索をかけたら他でも同様のことが出てきたことから、彼の論の主要な主張なのだろうと思った。聞いたことのない話であるが、言われてみればありそうな気もする。仲間たちと開いている開拓期史料の読書会で三県時代の……
北海道セトラーコロニアリズム

北海道セトラーコロニアリズムに物申す 第1回

はじめに近頃、北海道が何やら騒がしい。若い世代の凄惨な事件が相次いでいるということもあるが、野幌の原始林に聳えたっていた百年記念塔が反対運動もむなしく解体されたのが、忘れもしない、2023年の1月。どうもあのあたりから政治的に不穏な空気が流れ始めてきたような気がする。喪失感で茫然自失となっていたところに追い打ちをかけるように、「北海道セトラーコロニアリズム」などというテーマのシンポジウムのポスターが目に入ってきた。北海道開拓を植民地支配の歴史と見なし記念塔の解体を祝うという趣旨のようだった。いや……